茶の道

はじめに天庵がさつ

不審庵
私の持っているお免状へ



■はじめに
 私がお茶を習い始めたのは、1998年12月です。
まともな職にもつかず(笑)、ライブ三昧の私を見かねて母親が「やってみれば」と。
母親は茶道、華道、日舞と今の姿からは想像できませんが(笑)、元々は大和撫子。
母がやっていたのだから、「いつかはどれかをやってみたい」という漠然とした思いは
あったのですが、どうも先へはすすめずにいたのですが、チャンスかな?と。
 母が名前を持っている流派は「大日本茶道学会」という裏千家の流れ。 
同じところに行けばいいのかな?と思っていたら母の先生はご高齢。
さらにかなりカッチリしている流派という・・・不安。
 母も私はそこでは無理だと踏んだらしく別のところを紹介してくれました。


■天庵
 新横浜にある「天庵」というところへ入門しました。
先生は母の友人であり、弟の親友の母上様ということで人見知りの私も安心。
更に入ってみたら「お茶ってこんなに楽しいの?」と思うほど!
 お弟子さん達はみんなかなり進んでいる人達ということが判明し、なんだか不安になる。
お稽古は毎週水曜日と土曜日に行なわれているということ。
当時の私の仕事は月、水休みだったので水曜日を希望したところ、
私と先生のご両親だけがその曜日だったので一安心。
しかも先生のおじいちゃん(以下じぃじ、同様にばぁば)が博学で面白い。
更に私とじぃじのお茶の歴が1年くらいしか離れていないことを伺い嬉しくなる。
 そして私の本格的お茶ライフが98年12月に始まったのです。


■がさつ
 そんな気は充分していたんだけど、私は本当にがさつであることに気付く。
何をするにもがさつさが目立つ。
お茶を始めたのは良いことだと自分に言い聞かせる。
お茶の飲み方、点て方、お片付けの仕方を覚えればいいのかと思ってた。 
甘かった!!
 ふすまの開閉動作、畳の歩き方、もちろん姿勢。
バンドやってた頃は一応ベーシストの私はもろに猫背。いや元々猫背。
ボクシング(似非)をやってた頃も猫背。姿勢正したらやられるしね!←試合やってません。
 とにかく一つ一つの所作が私には初めての試み状態。
もっとお上品に生きてくればよかったと23歳にして後悔。
そうか!母が姿勢がいいのはこのおかげだったのね。


■不審庵
 毎週休まずに通いつづけてほぼ4ヶ月たった99年4月のお稽古で不審庵に入門のお免状をいただく。
入門につきましては、次の章。
 不審庵というのは茶道表千家流家元の茶亭。北隣に裏干家流の今日庵があります。
場所は京都市上京区小川寺の内上ル。京都の住所はわかりずらい(^^;
 1591年に千利休が秀吉により自害を命じられました。
その後、お家復興を秀吉から許された利休の子、少庵が不審庵と残月亭を復興したのが最初。
 1788年の火災で焼失、さらに明治39年の火災では、表門・祖堂・土蔵・梅見門・内外腰掛・
雪隠を残しすべて焼失。
現在の姿は不審庵が大正2年(もうすぐ90年かな?)に再建されました。
 2回の火災にもかかわらず、露地などは桃山時代の様式を残していることから、国の名勝に指定。
 また、利休の長男道安が茶室として作った利休像を安置する堂は重要文化財に指定されています。


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